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理事長
楠木 重範 |
1974年生まれ奈良県出身。
1999年6月 大阪大学医学部小児科に入局。
国立大阪病院小児科で3年間の研修後、大阪府立母子保健センター、大阪大学医学部付属病院で血液腫瘍グループに属し、現在、国立病院機構大阪医療センター小児科医師。
現在まで臨床一筋で、現場の意見をもっとみなさんに知ってもらいたいと考えている。
〈座右の銘〉
「足るを知る」
〈コメント〉
チャイルド・ケモ・ハウス(略してチャイケモ)が目指す施設は『あったらいいな』ではなく、『あるべき』 施設だと考えます。そしてみんなが力を合わせれば、できないことではありません。
チャイケモをはじめて、熱意を示せば他人は協力し、助け、支えてくれることを学びました。
沢山のこどもたち、親御さん、医療に携わる人々すべてが、一生懸命生きていける社会になることを切に願います。私は熱意を示し続けます。 |
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副理事長
米田光宏 |
1960年奈良県大和高田市生まれ。
かに座、B型Rh(-)。
小学生時代は南紀勝浦で自然に囲まれて育つ。
1986年岐阜大学を卒業し、阪大にて小児外科医を目指して修行。1990年大学院卒業後は、大阪府立母子保健総合医療センターを中心に小児外科医として働く。チャイケモ太田監事は母子センター時代、ともに小児がんと闘った同志。
2年間のアイルランド留学を経て、現在は大阪大学小児外科でこどもたちの手術を担当。また附属病院卒後臨床研修センターにも所属し、研修医の教育指導にも携わる。現在、大阪府立母子保健総合医療センター小児外科医師。
チャイケモでは楠木理事長を補佐すべき副理事長なのですが・・・まだまだ働きが足りません。
専門:小児がん。特に神経芽腫の治療研究。
趣味:海釣り、バスケットボール、お酒の蘊蓄を傾けること。
〈座右の銘〉
「(主治医として)診させてくれて有り難う」
(尊敬する亡き恩師のお言葉です)
〈コメント〉
小児外科医として小児がんと闘って20年。こどもたちの笑顔にどれだけパワーをもらったことか・・・。
こどもがこどもらしく過ごすことのできる「ゆめの病院」を目指しています。
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理事
大薗恵一
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1957年大阪生まれ。
昭和57年大阪大学医学部卒。
卒業後、小児科医として大阪大学医学部付属病院、富田林病院などで研修を行った。
1989?1991、米国テキサス州ベイラー医科大学に留学した。
1992年より、約10年間、大阪府立母子保健総合医療センター検査科(病理)および研究所(環境影響部門)にて勤務した。
2002年より大阪大学医学部小児科学教授となり現在に至る。
専門は内分泌学、骨代謝学。小児の成長の神秘について研究している
〈座右の銘〉
「One for all, all for one」
〈コメント〉
大学人として、小児医療に興味を持ち、実践できる人材の育成に努めている。また、専門家としては内分泌学の観点から、小児がんの晩期合併症の主たる症状である内分泌異常を防ぐため、チーム医療の構築を行って、子どもたちの健康と生活を守りたいと考えている。
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理事
田村太郎 |
1971年、兵庫県生まれ。
阪神大震災で被災した外国人への情報提供活動を機に、ボランティアやNPO活動に携わる。
03年9月に当時2歳の息子が小児がんと診断され、半年間、仕事を休んで治療につきあった。
現在は「ダイバーシティ研究所」代表として、人的多様性を活かした組織づくりやCSR(企業の社会的責任)コミュニケーション支援を主な活動としているほか、甲南女子大学や関西学院大学などで非常勤講師(社会起業論)を務める。11年3月の東日本大震災を機に、内閣官房企画官を兼務。被災地の復興にも関わっている。
「チャイルド・ケモ・ハウス」では理事として、マネジメントや資金調達のサポートを担当。
〈座右の銘〉
「おもしろき こともなき世を おもしろく」
(高杉晋作)
〈コメント〉
チャイルド・ケモ・ハウスがあれば、日本が変わる!
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理事
村田由美子 |
1964年生まれ 兵庫県出身。
看護師として市立総合病院で22年勤務。
この間に介護支援専門医の資格を取得。
今年から市立訪問看護ステーションにて勤務中
2003年次女が急性リンパ性白血病を発病、患者家族、医療者、双方の視点からチャイケモの活動に参加。現在、伊丹市社会福祉事業団訪問看護ステーション施設長。
〈好きな言葉(モットー)〉
「 いいかげん (良い加減) 」
〈コメント〉
「お家に帰りたい」という気持ちに出来るだけこたえられる病院づくりを目指しています。
病気と闘う子供さんや家族の方々が、笑い・泣き・喜び・怒り等、感情を表現しながら、治療・生活が出来る。そこにいる皆が互いに、教え、教えられ、一緒に成長していけるそんな病院、ここに来て良かったね、と思える病院の設立を皆で頑張ります。 |
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監事
雑喉晴美 |
出身地 1948年富山県魚津市生れの63歳。
2004年 孫を白血病で亡くす。
2007年〜2010年 NPO法人チャイルド・ケモ・ハウス会計就任。
2011年 同法人監事就任。
〈座右の銘〉
「一期一会」
〈コメント〉
孫を失うと言う悲しくも思いがけない事態により、NPO法人チャイルド・ケモ・ハウスの一員に加えていただき、人生とは最期の最期まで分からないものだなあとつくづく思っています。
この展開に驚きながら、みなさまとの一期一会のご縁を大切に残りの人生を全うして参りたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。 |
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編集委員会委員長
太田秀明 |
1963年生まれ、兵庫県出身。
大阪府立病院、市立芦屋病院、大阪府立母子センターを経て大阪大学医学部小児科勤務。
2001年から3年間、カナダ・テリーフォックス研究所へ留学。現在、東豊中渡辺病院小児科部長。
〈好きな言葉〉
「天命」 「仁」
〈コメント〉
小児がんの子どもたちと家族の方々に素敵な笑顔を!
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九後充子 |
大阪府立豊中養護学校で教師としてスタート。
その後、大阪府立箕面養護学校を経て、現在、大阪府立刀根山養護学校大阪大学医学部付属病院分教室勤務。
〈コメント〉
「入院してよかった」と思えるような院内学級にしたいとみんなでがんばっています。
子どもたちの笑顔が輝いている病院が、いっぱいできたらいいな。
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山岡大 |
1971年生まれ 兵庫県出身
トータルライフコンサルタントライフプランナー
〈座右の銘〉
『できるかできないか』 ではない。
『望むか望まないか』 なんだ。
〈コメント〉
笑顔を守りたい。 チャイルドケモハウスの挑戦を支えたい。
応援よろしくお願いします。
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萩原雅美(まさみさま) |
1974年 兵庫県出身。
2004年 次女(当時2歳半)を乳児白血病で亡くす。
2005年 小児血液・腫瘍分野における人材育成と患児のQOLに関する研究会の立ち上げに加わる。
2006年 NPO法人 チャイルド・ケモ・ハウスの設立に加わる。
2006年 三女出産。
2007年〜同法人事務局スタッフとして活動に加わる
〈座右の銘〉
「決してうつむいてはいけない」
〈コメント〉
「なんとかならないかなぁ・・・誰かなんとかしてくれないかなぁ・・・」という思いだらけの中で闘病生活を送りました。そして、今は、今も尚、その環境の中で闘病生活を送り続ける人たちを「1秒でも早く救い出したい・・・何とか環境を整えてあげたい・・・」そんな気持ちがいっぱいであふれ出しそうになりながら、毎日走り回っています。
試行錯誤の日々ですが、みなさまからの応援を力に換え、これからも精一杯頑張ります!!
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事務局長
田村亜紀子 |
1973年大阪府生まれ。
1996年〜2000年 多文化共生センタープロジェクトコーディネーター
2000年 第一子出産
2002年 長男が神経芽細胞腫(小児がんの一種)と診断され、1年間の付き添い生活を送る。
2005年 小児血液・腫瘍分野における人材育成と患児のQOLに関する研究会の立ち上げに加わる。
2006年 NPO法人チャイルド・ケモ・ハウスの設立に加わる。
2007年9月 長男再発。
2009年11月 長男(享年8歳)亡くなる。
2011年現在、 同法人事務局長。
〈コメント〉
ケモを受けるこどもと家族の小さな幸せを守り続けるチャイケモでありたい、小児がんの子どもと家族にとって周囲のみなさまのご協力とご理解が大切です。当事者として、メンバーとして前向きにできることをしていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。
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